大菩薩峠。なんとノスタルジックでロマン溢れる響き。
甲州から武州青梅に抜けて江戸に至るのが青梅街道。またの名を甲州裏街道と呼ばれます。明治時代に柳沢峠が開鑿されるまで、塩山から小菅村へ抜ける最難所が大菩薩峠でした。車道を通すことを断念するほどの難所で遭難者も多く出ましたが、甲州街道よりも距離が短く関所もないことから利用者は案外多かったそうです。
そして、大菩薩峠といえば中里介山の「大菩薩峠」。世界最長を目指し、幕末を舞台に書かれた時代小説で、介山の死によってついに完結しなかった未完の傑作巨篇です。本を買わなくても青空文庫で読めるので、大菩薩峠には読後に行くことがオススメ。
お松のように「お爺さんはどこへ行ったろう」と探してみるもよし。
竜之介を気取って目を瞑り虚無を見つめるもよし。
七兵衛になりきり風のように駆け抜けるもよし。
はたまた「ちぇっ、ばかにしてやがらあ」と米友よろしくふて寝するもよし。
楽しみ方は人それぞれ無限大。
さて、余談はここまでにして本題に入ります。
【裂石〜上日川峠】
大菩薩峠への最短アプローチは裂石側からのルート。だけど冬季には上日川峠までの林道は閉鎖され、車で行けるのは閉鎖ゲートの手前までとなります。よって2時間前後余分に歩かなければなりませんが、代わりに人のいない静かな峠を堪能することができます。
ゲートを過ぎすぐに車道を外れ10分少々歩くと出会うのはまず千石茶屋。*写真(1)
千石茶屋から少し先に行くと大菩薩峠登山道入口の看板があり、ここから山道らしい登山道が始まります。*写真(2)
上日川峠までは樹林帯の中。たまに木々の間から塩山の町が見渡せるものの、全体に展望は開けず。いやいやここでげんなりしちゃあいけません。単調でつまらなく感じるかもしれませんが、森に目を向ければ奇形のブナ(かな?)が目を楽しませてくれます。
やがて上方に建物が見えてくると、そこが上日川峠。*写真(3)
上日川峠にある公衆トイレは男女別の方は閉鎖されていて、開放されているのは洋式の障害者用だけ。覗いて見ましたが、便器の内側には戦いの跡がびっしり。そう、飛び散ったうん○です。洋式ではあるものの水洗ではないので、どうやら我慢して開放された時のガス交じり爆撃の痕跡が流されることなく留まっているようです。幸いにして便意もなかったので、ここは覗いただけでスルー。*写真(4)
【上日川峠〜大菩薩峠】
ロッジ長兵衛から福ちゃん荘まではアスファルトの道ですが、氷が張ってつるつる。今回はここが一番危なかった。でも短い距離でアイゼンを出すのは面倒くさかったので、スケートの要領で滑りながらパス。
唐松尾根分岐点にはルート地図の看板が立っていて、ここで右側にルートを取ります。*写真(5)
上日川峠から大菩薩峠までは雪が積もっていましたが、ざくざくで適度に腐っていたのでアイゼンの必要は感じず。
やがて介山荘が見えてきて、ひと登りで大菩薩峠に到着。*写真(6)
介山荘の目の前に大菩薩峠の看板。でもここはNew大菩薩峠。目的地はもう少し先です。*写真(7)